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2012/08/18(Sat)

自分を知る-自己認識の過程

2012081012370000.jpg



         いつもブログを読んで下さっているみなさん、ありがとうございます。





8月のお盆を過ぎて、今日は新月。
夏休みというものが終わる時期にさしかかっていますが
このところみなさんはどんな日常を過ごしていますか。


私自身について言えば、先月のいちご体験よりもっと深いというか、
突っ込んだ体験とでも言えばいいのでしょうか(笑)
究極の自己認識の過程を体験していました。


それってどういう感じ?(゜.゜) というと・・・

普段の自分の行動パターンや習慣、態度や癖のようになっていることについて
「自分ってそうだったんだ」、と気づく-認識すると、
それが最初にどこで起こったのか、
自分の中でそのことについての記憶が蘇ってくるという体験をしていました。



無意識のうちに自分がとっているパターンや習慣、行動や生き方にも大きく影響をしているもの
最初にどこでいつどのようにしてはじまったか は
ほとんどの場合が 原家族
いわゆる、過去世や前世というものよりも、
今回の、この人生における自分が育った環境、家族の中でのものだと言われています。
人が、生まれてきて最初に属する集団が、家族というものだからですね。


私の場合も、普段あまりにそれが普通になっていて
自分がそういう風だったとさえ気づかずにいたけれど、
無意識のように行動や反応、人生そのものにも影響していたそれらは
家族の中で自分自身がとっていた反応、態度、在り方、行動
 でもありました。


そしてその自分の反応の仕方というのは
「 自分が自分をどのように取り扱うか 」というものにもあらわれていて
「 自分の 世界に対して、人生に対しての反応の仕方 」にもあらわれていました。



気づかないうちに、日常、人生、人間関係、
世界をどのようにみるか 行動するか
すべての部分に対して影響を与えていたそれらは
家族の中で自分がとっていた「 役割 」というものにもあたります。

自分のことを客観的にみていくと、
家族の中でのある出来事、体験の中で「 こういう風にするといいんだな 」と幼い頃に学んだことを
いつのまにか外側の出来事や人、状況は違っても、
いつも決まって同じような反応、行動パターンを繰り返していたんだということがわかります。

「 家族 」が「 学校 」や「 職場 」、その他の人間関係になっても、
結局同じような反応をしていた、ということですね。



これは成功と失敗のパターンというもので、
こういう風にすると褒められたり受け入れられたりした、 だからこういう風にしていくといいんだな 
ということを、本当に幼い頃に、子供のうちに人は学んでしまいます。

逆に、失敗したりひどく怒られたこと、叱られたこと、
受け入れられなかった体験( 拒絶や批判されたように感じた体験 )は
これは失敗した
、というような記憶のもと、
もうそのことにはTRYしない、避ける、やらない、という行動パターンを身につけてしまいます。


成功と失敗のパターンは、それぞれの人の育った環境や文化、社会、家族の中で
その中におけるある一定の価値観を元に形成されるもので、
だからこそ人の人生に最も大きく影響を与えるものが育った環境や家族、ともいわれているものなのだと思います。
三つ子の魂百まで、という言葉は昔からある言葉ですが、
本当にそれはその通りのことをあらわしているのかもしれません。


でも、百まで続ける必要はまったくありません(笑)


自分の成功と失敗のパターンに気づいたら、
まずその自分をありのままにみとめること、認識すること。

そして、ではこの先の自分はどう生きたいか

過去の成功と失敗のパターンを元にした行動や、人生への反応の仕方、生き方をやめたら
今度は自分がどう生きていきたいか、
自分がこうだといいなと望む状態を明確にして、
意図的、意識的に、これまでの古い反応や行動のパターンを変えていくことをしていきます。


最初は馴染みあるパターン、習慣から出るということは、
自分にとっての挑戦のように感じたりするかもしれません。
ずっと、そうやって生きてきたのだから。
でも、やるんだ!という意欲と決意、
そして自分はそれができるのだと、自分を信頼していくことで必ず変化することができます。


古い自分の生き方、行動パターンが、今の自分が、もういいと思えなかったとしても
それをやめることができるのは、他の誰でもない、自分自身です。

誰かが 
こうするといいよ 大丈夫だよ と言ってくれても
いくらなぐさめてくれても 
いくら優しくされても
古いパターンを自分で変えていくことをしない限り、現実に変化を起こすことができません。


まず、決意、意図すること。
( 意図したら、「私は~だ!」と、既にそうなっている状態を、声のエネルギーを使って
 指令(コマンド)しましょう


そして自分を信頼して、楽しむような気持ちで
今までとはまったく違う自分を生きているかのような感覚や、新しい自分になったようなつもりで
ゲームのような感覚で取り組んでいくといいかもしれません。

「やらなきゃ!」とすると
もしできなかった時にセルフジャッジ(自己批判、自己否定)してしまいかねないので、
そうではなく、遊びやゲームのように 楽しむ感覚でやっていきます。

そしてもしできなかった時でも、その自分をもあるがままにみとめてあげます。

生まれてきた子供が少しずつ歩けるようになっていく時に、
「まだ歩けないの!」 
なんて叱ったりしないように(笑)
少しずつでも、そうしようと決意した自分自身のことをちゃんと評価してあげながら
自分にもやさしくしてやっていきます。


「まだ歩けないの!」とか言って叱られたとしたら、
小さい子供は頑張る気力を失くしてしまうかもしれませんよね。
だから大人でも、自分に厳しすぎるのは、あまりうまくいかないかもしれません。
そして実際に、大人で自分にやさしくできる人というのは、そんなにいないかもしれないので
だからこそ、やさしくしてあげるのです(笑)




成功と失敗のパターンは、いわゆる生き残りの戦略にあたるものです。
幼い子供は親や養育してくれる人、大人がいなかったら、自分一人では生きていけません。
だから身体感覚意識が元々持っている、生き残っていくために必要な戦略として
こうすると親や周りの反応がよいので、受け入れられる、愛される-衣食住や、生存に必要なものを得ることができる
というようなことを、無意識的に子供のうちに学んでしまうのです。

そして成長して 大人になって
もう養育してくれる人がいなくても 自分だけでも生きていけるのだけれども、
その幼い頃に培ったパターンを、気づくまでは無意識のうちに自分の反応の仕方として繰り返していくんですね。
生き残っていくためには こうするといいんだ、というような
ある意味身体感覚意識が自分に課した制限のようでもあります。



自分のパターンに気づいたら、
ジャッジメントなしに、ただそうだったんだ、と認識すること
そのことがとても大切で、
今の自分がどうやってこういう自分になったのか
そのことをあるがままに見ていく、知っていくことで
今度はそれを越えた本当の自分自身に辿り着くことができます。



そして、過去のことは過去のこととして、
すべてをあるがままにみとめていきます。
そういう反応をしていた自分、親、家族、環境、
いろいろな何かのせいにしてしまいたい気持ちが生じてくることもあるかもしれませんが、
それらすべての過程も、状況も、
あなたが真の自分自身に到達するための道での出来事として
あなたに与えられていた、大いなるものすべてです。

たとえその時 今現在、そのように思うことができなかったとしても
すべてが自分にとって必要なこととして与えられていたものだと感謝することができる日が、きっと来ます。
(私もそうでしたので、

そしてその感謝が 
新しい、本当の自分自身を生きることへのさらなる意欲や決意にも繋がっていきます。






自己認識の過程は、私自身数年前から取り組んできていたことで
ノウイングスクールでも入学後、最初の時期に取り組んだ過程です。
もうとっくにこんなの終わったよ、というつもりでいたのですが(笑)
この夏、最終的な自分の最も核(コア)にあたる部分についての、大きな気づきが起こった感じです。
あまりにそれが自分になっていて、実はそのことにさえ、気づいていなかった、という…


スクールでも自己認識の過程は最初の蓋を開けただけにすぎず、
その後何年か続いていくものだと言われたことがありますが
でもまさか今の今になって、こんなにもすごい究極の自己認識が起こるとは!!!
・・・というような体験、しまくってます(笑)

この人生、今生の自分というものを究極に知って
驚愕しつつもあるんですが…。


でも、これも私。
どんな自分も、
ありのままの私として、みとめていきたいと思います!
(注:ありのまま、は そのままでいいよ、変化しないでいいよ、というのとは異なります。
でも、まずありのままの自分を知ることで変化していくことができるので、一番大事な基礎の部分ですね)




この時期、同じように自己認識の過程に取り組んでいたり、
同じような体験をしていらっしゃる方がいるかもしれませんが、
みなさんも、あるがままに Let's it be!!!

そして、楽しみながら変化していきましょう








          今月も、またたくさんのうれしい願いごとが叶いますように ♪









                      


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2012/07/19(Thu)

世界を通して「私」を知る-光も影も

2012062212350000.jpg 2012062212340001.jpg
      



         いつもブログを読んで下さっているみなさん、ありがとうございます。





今日は7月の新月。
今年に入ってからもう半分以上が過ぎたということになりますが
2012年のシフトのエネルギーが強くなっている今の時期、
みなさんはどのような毎日を過ごされたり、また感じたりしていますか。

たとえば何か同じことでも、以前とは違った感じ方をするようになったことや
以前の自分では考えられなかったような気づきが起こってきたり
今年に入ってからの自分の感覚や感じ方を意識してみると、
物事や世界をどのように感じてきていたか
そして今はどう感じているか
違いがはっきりわかってくる部分もあるかもしれません。



私自身のことに関していえば、
前回のブログ記事に書いたいちごのような体験を、よくしています。

具体的に、それってどーゆーこと?(゜.゜) というと、
たとえば誰か他の人との関わりの中や関係性の中で、
相手の人に対して、自分の中で何らかの感情や感覚が生じたとします。
するとそのすぐ次の瞬間に、
ああ、これは私の中にもあったものだ(あるものだ、)と認識するという感じです。



最初は相手の人に対して感じていたと思っていたものが、
フラッシュバックのように過去の自分の同じような場面や、自分のとっていた行動、態度とか口調、
自分の過去のこれまでの、その人と同じ状態の時と重なりあっていき、
ああ、これは私の中にもあったものだ、と感じる。
私でもあるんだな、と。


相手を通して、自分の中にあるもの(あったもの)を
まるで鏡を通して教えてくれているかのように、感じています。



これは、いちご画像にあったいちごの種が、他の種を見て
「なんでそんな楕円形をしてんのよっ!」 とか
「なんでそんなに小さい種なのよっ!」 とか言っているのと似ている感じで(笑)

結局自分の中にあるものと同じものを、
相手を通して見る、知る、ということをしている
んだなあと。
それは光も影も、すべて。



相手の人の声を聞いて、声の中にその人のその時の意識のあり方とかを感じて、
次の瞬間には、また同じように私自身がそういう状態だった時の瞬間に繋がる、という感じです。
ああ、これは私の中にもあった(ある)な、と。



以前は他の人との関わりの中で、
なにかしらの感情が沸き起こってきたり、
ちょっと感情的になったりする時もあったのですが、
今は相手の中にあるものが、自分の中にもあるものだとわかっているから容認できている感じ、といえばいいでしょうか。
わかりやすくいえば ありのままにみる ということかもしれません。




ちょっと具体的すぎる例をあげると(…というか、自己中?
たとえば他の人の行動に関してとか、こうだったらいいのになぁ なんて思うと
そのすぐ次の瞬間、過去にそういう行動をしていた自分のビジョンが重なってきて(笑)
あ、これは、私もそうしていたことだったんだ、と。
じゃあ、私自身がこういう風にしていけばいいんだよね、とわかるという感じです。

他の人を通して自分自身を知り、
そして自分に必要な教えや気づきも受けとっているという感じですね。
本当に、私達は別個ではないんだという。

                  


でもその中には、私達が人間として体験するものの中には、
時に好ましく感じられないようなものもあるかもしれません。
だけど体験することによって
私達は人間の中にあるものをすべて知っていくことができます。

自分が体験していなければ
嘆き悲しんでいる人を理解することも
怒っている人の気持ちに共感することも
そうだよね、と自分のことのように感じることもできないかもしれません。

親になって子育てをしていく中で、
かつて自分が親にしてもらっていたこと 与えてもらっていたことがよくわかると、
それまで親に対して感じていた気持ちや思いが変わったりするということがあります。
病気をすると、健康だった時には思ったこともなかった、
病気の人の気持ちや思いがわかったり、
自分が体験すると、同じ出来事でも反応や捉え方がまったく変わってしまうことがあります。


私達がここで体験していることはみんな
人間や自分についてよく知ることや、目覚めることのために起こっていることで
いい、悪いもなく、すべてが既に完全なものとして起こっています。
その時の自分には、たとえそう思うことができなかったとしても。

そういう捉え方をしていくと、
感情であれ、行動であれ、自分のことも少し客観的に見ることができます。
これは人間の中にある一部だ、と。
感情が自分、ではない。
行動が自分、ではない。
怒りも かなしみも 嫉妬も どんな行動も
それが自分ではなくて、人間の中にある一部。
そして「私」という人の中で、こういう時はこういう風に感じる、体験するんだ、と。

そうやっていくと、自分のことをジャッジメントすることもなくなっていき
ただ、あるがままに
自分の中にあるどのような一部をも、
ありのままに見ること 捉えることができてきます。


魂である自分が、今のこの自分という肉体に入ってどういう風に世界をとらえるか 
ここに来て観察しているんだという風に捉えることができたら。
自分のことも、あるがままに観察することができたら。
自分に対するジャッジメントをしていた人は、
わりと容易に手放していくことができるかと思います。

怒りや嫉妬、感情にに対して いい、悪い ではない
行動に対して いい、悪い ではない
その自分が いい、悪い でもない。

ただ人間の中にあるものの一部を
今私はこの体験の中で感じている、と。

自分が、魂としてこの肉体に宿り ここで観察(体験)をしているんだという意識でいると、
同じ日常でも、今までとはまた違った感じ方、捉え方になっていくかもしれません。
個人的に自分がどう感じるかだけではない、全体的な視点を持つことにも繋がっていきますね。




冒頭のようないちご体験は( 勝手に命名してみました(^^ゞ )
ジャッジメントをしようとしても、
そのすぐ次の瞬間には これは自分でもある という認識がやってくるので
ジャッジメントの、しようがありません

あっ、そっか、  しゅん、(・.・;)…。 
・・・となる。


あっ!と思って(感じて)、次に
以前はここでジャッジメントが入っていたけれど、
それを止めるかのように勢いよく それと同じ自分 のビジョンがやってきて
有無を言わせないというか(笑)
おまえにもあるだろ~、黙っとけ!みたいな(^_^;)
実際に口にする、しないだけでなく、思考する前に、
ストップがかかる感じですね。


以前からこういう風に感じることが多かった方も、
あまりこういう風に感じることがなかった方も、
いちごの種のように
相手は自分、と捉えると
これまでとは違った感じや感覚で、世界が見えてくるかもしれません。

そして すべてはみな1つであるのだから
相手に与えたと同じものを、自分も受けとることができるのだということに
気づくきっかけにもなるかもしれません。




今日のTOP画像は同じ1つの木 なんですが、
「実物をそのまま見た時の木」と、
「陽の光で影になって映った木」の違いです。
元は同じ1つの木でも、影だけを見たらまったく違うもののように見えてしまうんですね~






          今月も、またたくさんのうれしい願いごとが叶いますように ♪









                      


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2012/06/20(Wed)

ありのままの自分をみとめることで全てをもみとめる 統合した存在になる

      


         いつもブログを読んで下さっているみなさん、ありがとうございます。





今日は6月の新月ですね。
早いもので2012年に入ってからもう半分が過ぎましたが
みなさんいかがお過ごしですか。

2012年は分離と二元性の時代から
合一、ユニティの時代へ移行する、シフトの波のエネルギーが最大になる時期。
既に情報をご存知の方も多いと思いますが、
以前は集合意識全体が一斉にシフトするだろうと解釈されていたのですが、
シフトは集合意識全体ではなく、個人ごとに変化しました。
(※詳細はこちら↓をご参照下さい。シフトについて詳しく書かれています)

アカシックから届いたファイナルアンサー 光の「超」12日間  こうしてあなたは次元を超える(超☆きらきら)アカシックから届いたファイナルアンサー 光の「超」12日間 こうしてあなたは次元を超える(超☆きらきら)
(2012/06/06)
ゲリー・ボーネル

詳細を見る



本の中でゲリーさんは、これまで数年に渡ってお伝えされてきたように
シフトするには葛藤を解放すること、ジャッジメント(裁き)をやめることだと語っています。

じゃあ葛藤解放すればいいじゃんっ
ジャッジメントやめればいいじゃんっ   …って、簡単にするーっとできるといいんですが(笑)
私自身の体験から、この部分をどうやったら上手くできるかなということについて
そしてシフトするためにも、自分自身が完全に癒やされた、統合された存在となるためについてのことを書いてみたいと思います。

人により、葛藤がどこにあるかも違い、また、考え方・捉え方も異なると思いますので
これはあくまで私自身の感じ方、捉え方ということで、ご参考までにお読みくださいね




ユニティへ移行する、シフトする前の段階で
自分自身を統合するためにも
自分の中にあるものすべてと向き合わざるを得ない状況というのがやってくるかと思います。
今、ちょうどこのエネルギーの波の中で、自分のあらゆる面と直面していらっしゃる方もいるかと思います。

時代の影響や、集合意識全体がどうであれ、
取り組むべきはまず 自分自身 です。
私は数年前からこのブログや、セッションをお受け頂いた方々に
ありのままの自分をみとめることの大切さを自分なりの解釈でお伝えしてきましたが、
自分のすべてをありのままに見ること、受け入れることは
すべてを統合した存在として、ただ存在することだけでも他の人の資源ともなれる、
そういう状態に移行する、シフトすることへのはじまりでもあります。

この時期、シフトの直前の段階では、いわゆる二元性をふるい落とすかのように
自分の中にある対極な面を見ることになったり
極端な二極化を目にしたりすることがあるかもしれません。

そういう状況の中にいる時は、ちょっとしんどかったり、
なんとかしてよ~  と感じることもあるかもしれませんが、
それは自分が見るべきものとして、自分の中にあるものとして
認められることを待っている部分です。

その部分については、「自分の中に、こういう面があったんだなあ」と
批判や否定するでもなく、ただ、気づいてあげること、みとめてあげることだけで
あなたの中にあるその一部は 承認された みとめられたと実感することができ、自由になれます。

なぜかというと、たとえばその一部が、誰か人だと考えてみてください。

その人の一部を、否定したり批判したり、排除しようとすると
その人はありのままの自分をみとめてもらえていない、
そのままの自分でいいんだと受け入れてもらえていないという体験から、
悲しんだり、傷つくという感情を体験するかもしれません。
自分の存在を承認されていない、という感覚ですね。

傷つくかどうかというのは、完全にその人自身の個人的なとらえ方なのですが、
(自分は自分でいい、と自分のことを完全にみとめている、自己承認している人は、
外側のどのようなことをも個人的に捉えることはせず、傷つきません)

自分の中にあるものでも、
ありのままにみとめる(ノンジャッジの状態)ということをしないでいると
その一部は、いつまでもみとめてもらえていない状態で、
自分自身も、その一部に対して敵対している状態、
自分から、自分の中にあるものを分割、分離してしまっている状態で
それは統合(合一)とはほど遠い状態になってしまいます。




すべてを統合、自分自身が癒やされた状態になるには
まず最初に自分の中にあるすべてをありのままに見ること 受け入れることが大切です。

それがいい、悪いというのは
これまで生きてきた文化や社会、集団、集合、組織の中で 
外側から学んだこと を元にした判断でできたもので、
これが、ジャッジメントの元にもなる「正しくある必要性」です。


本当は、何ひとつ外側にOKをくれるものはなく
ただ、自分が自分にいいよと ジャッジメントなしに
ありのままの自分の中にあるものすべてを
ただそのままにみとめてあげること 承認してあげることで
人は、自分自身をも癒やしていくことができます。

外側で学んだ、善悪の価値判断を元に
自分に対してしている内側のおしゃべり、文句や否定的な意見、コメントがあったら
まず、その部分について否定するのでもなく 排除するのでもなく
ただ、そこにあることに
自分の一部としてあるんだということを
まず、みとめてあげること。

その気づきが、本当の自分の欲する状態や望む状態へと、変化していくことに繋がっていきます。




そして、ありのままの自分をみとめることは、
結果として同じものを他の人にも与える=他の人のありのままをみとめるということにもあたります。

すべてが1つである合一、ユニティの時代を生きていく上では
すべてが1つなら
自分にしていることは 他の人に与えるものでもあるからです。


この、いちごの画像。

2012042823170000.jpg


種の一つひとつは、
他の種が存在することは、もしかして考えてみたこともないかもしれません。
もしかして気づいていたとしても、自分とは 別個 だと思っているかもしれません。

でも、全体でいちごなんですよね。
真ん中あたりにいる種の一つも、
下の方にいる種の一つも、
上の方にいる種の一つも、
裏側にいる種の一つも
全部、大きないちごの一部で
丸ごとのいちごそのものが、 すべて=種たちも含めた全部 です。

だから、真ん中あたりの種の一つが
自分のことをけなしたり、批判したり
なんでこんな風にくっついてるの?
なんでこういう付き方してるの?
なんでこうやってるのよ!  とか批判したら(笑)
それは結果として
他のたくさんある種たち、大きないちごそのものにも、同じことを言っていることになります。
全部、同じ一つの存在=いちごなのだから。


そういう見方をすると、与えるもの=受け取るもの で
自分が自分にしていることは、他の人に与えるものでもあり
(いちごの種の一つが自分に文句を言ってるのは、他のいちごの一部に言っていると同じ)
他の人に与えるものは 自分が受けとるものでもありますね。
(他のいちごの種の一つに文句を言っているのは、同じいちごの一部である、自分に言っていると同じ)


だから、自分のすべてをありのままにみとめることができれば
他のすべてをもありのままにみとめることができます。

ありのままの自分をみとめてもらいたいと思っているのなら
他のすべてをありのままにみとめることで
自分が欲しいものを受けとることができます。




この大きな苺を、源である創造主そのものとしてとらえるなら。
その中にいる小さな種たちが、私達魂それぞれだととらえるのであれば。
どの種のことをも、
大きな苺そのもののことをも、
尊重すること
存在しているだけで、完全にみとめるということができるのではないでしょうか。




これまで自分自身を愛することや、
自分を尊重する態度やあり方、扱い方ができずにきた方は
この苺を例に 私達魂の存在=源それ自身と一つ ということを時々思い出していただけると、
自分へも 他の人へも
これまでとは少し違ったあり方、扱い方、認識ができるようになってくるかと思います。



それぞれの人によって、とらえ方、考え方は異なりますが
もし、このいちごイメージでぴんと来た方は(笑)
よかったら参考にしてみて下さいね。





           今月も、またたくさんのうれしい願いごと、望みが叶いますように





                      


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2011/12/05(Mon)

わたしはわたし

img5uuu54.jpg




通りかかったウインドウにディスプレイされていた言葉。


      おなじわたしは、いない




ピアノの鍵盤の 音の一つひとつはそれぞれ違っていて
でも どの音にもいい、悪いはなくて

どちらの方が優れている、も劣っている、もなくて

本当は、比べるものなんて何もない

一つひとつが たった一つしかない、音なのだから。


おんなじように
私たちも 同じわたしはいない

だから
わたしはわたし



全体の中の
すべての私の中にいる、たった一人のわたしは
今ここにいる このわたししかいない

そもそも比べること自体
比較すること自体
ありえなかったんだ



ずっと、こうあるべき、こうあった方がいい、
そんな思いこみに従ってきたけれど
窮屈だった
大変だった
しんどかった
もう、嫌だった


もう、いいんじゃない
わたしはわたしで


みんなのようになろうとか
誰々のようになりたいとか
普通はこう、とか
それって、自分じゃないものを求めていたってこと
ようやくわかった

はじめから
わたしはわたししか、いない
たった一人のこのわたし


もう、何かになろうとすることはやめて
ただ、わたしがわたしであるということ

それだけが、本当の私たち、わたし自身。

 



                      


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2011/08/31(Wed)

自分が自分に、自信を与える

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       いつもブログを読んで下さっているみなさん、ありがとうございます。




先日定期的に通っている歯医者さんで、
少しの待ち時間の間、待合室に置いてあった本を何気なくとって読んでみました。

タイトルは
「子育てハッピーアドバイス」


子育てハッピーアドバイス 大好き!が伝わる ほめ方・叱り方




待ち時間が少なかったので、目次と、数ページしか読まなかったのですが、
それでもこの僅かな時間の間に得たものは、とても大きかったです。

著者はスクールカウンセラーの方で、
このシリーズは他にも何冊か出ているようですが
文章での説明以外にも、漫画やイラストでポイント的にわかりやすくまとまって書かれていて、
短い時間でも、必要なことがすっと入ってくる感じです。
(漫画の絵も、かわいいです


まず、最初の入り口が
自己肯定感というものが、人にはとても大切なもの。と書かれていました。

自己肯定感:「自分は生きている価値がある」「自分は大切な人間だ」という気持ち

これがあれば、環境や状況に左右されずに、
幸せだと感じること、思うことができるのではないでしょうか 
というようなことが書かれていました
(思い出しながら書いています 表現としては少し違っているかもしれません^^;)


この自己肯定感が日本人の場合、諸外国より少ない人が多いという統計の結果があるそうですが、
自己肯定感があれば、子供だけでなく、大人も、お年寄りも、
誰もが幸せに暮らすことができる社会になるのではないか、
これから先の高齢化社会においても、
日本の今後にとっても必要なものが「自己肯定感」というようなことも書かれていました。



そして「自信」には2つあって、
・能力や才能など
・自己肯定感 
なんだそうです。

三角形のピラミッドの図で示すと、「自信」の一番下のベースにあるのが
「自己肯定感」で、その上に「能力や才能など」とありました。

能力や才能より、自己肯定感が「自信」の最も基礎となるもの、ベースとなるもの、基盤となるもの
だということですね。

つまり、何かの能力や才能があるからではない、ということです。
何か自分に 
タイトル(肩書、役職、職業、能力、スキル、資格等)があるから ではなく
自分の状況がこうだから ではなく
自分にはこれがあるから ではなく
自分はこれができるから ではなく

自分は価値がある、自分は大切な存在だ、
ただ、自分は自分でいい
そう思える気持ちが、自信の最もベースとなるもの。

「自己肯定感」が強ければ、何か失敗したとしても、
次はまたうまくやっていけるさ、と
失敗したことだけにとらわれずに、次へ進んでいくことのできる力にもなる。
そう書かれていました。

確かに自分は自分でいい、と思えていると、
「次は大丈夫、うまくやれるさ~」  と、気持ちを切り替えて考えたり、
「まっ、こういうこともあるさ、 じゃあ次はどうやっていけばいいかな~」 と、
寛容に検討をしながら、前に進んでいく原動力がわいてくる。
そんな気がします。



自信」は
何かができるから 
何かがあるから 
誰かがみとめてくれたから 
ではなく、
自分が自分でいい、と思えることがすべて

自信は、外側から与えてもらうものではなく、
自分が自分に、与えてあげることのできるもの





でも、自分が自分でいい、と思えることは、
自分が自分にしか、してあげることはできません。
他の誰かが、いくら 
「すばらしい!」 
「最高!」 
と絶賛したとしても、称賛したとしても、
本人が、自分がいいと思えていなければ、それは不満足で、全然幸せじゃない。


自分は自分でいい と思えるには
ありのままに、自分のすべてをみとめてあげること。

子育ての場合は、社会的なルールやマナーなど、適切なことを教える必要もあるので、
いいこと、悪いこと という教え方も必要な場合があるかもしれませんが、 
いい、悪い は二元性の見方で、
自分のことをとらえるときに、 これはいいところ、悪いところ、ととらえていると
悪い、という部分を、みとめていないことになります。
それはダメな部分、と。


仮に、悪いといわれるような部分がもしあったとしても、
それは 自分 ではなく 自分の一部。
人間の中にある、一つの側面。
自分という個人を通して、人間性の中にある一部が表現されているにすぎない。

そういう見方をすると、
「まっ、人間ですものね~」(^_^;) と、
自分のことをも客観的に、寛容に、見ることができるかと思います。
批判もせず、否定もせず、ただ、あるがままに。



                   ・・・・・・ ・・・・・・
 


本の中には、子供が悪いことをしたときの親の対応が父と母バージョンで、2つ書かれていました。

お父さんは、ただ叱るのではなく、
「どんな時でも人を叩くのはよくないことだよね、どうしてしたのか、訳を言ってごらん」
と、子供に聞いてあげていました。

子供は、その前にお母さんにやみくもに叱られて泣いていたのだけれど、
お父さんの対応に、「自分のことをわかってもらえている という、共感を感じます。

ただ 悪い、と叱ったりするのではなく、どうしてなのか と、
相手の立場に寄り添った形で、問いかけてあげる。
これが、子供にとって わかってもらえている という共感を感じさせたのです。


この例は、大人が自分自身に対しての接し方に役立てることもできますね。
自分の一部やしたことを、「悪い!」とか、「ダメ!」  と自分で自分を責めるのではなく
客観的に、冷静に、どうしてなの?と、自分に問いかけてあげる。
そうすることで、自分の内側のみとめられたがっている一部とも、対話をすることができると思います。

何か問題だと感じることがあったとしても、
それは理由があってそこに表現されていて、
その奥にあるものが、何か を、自分が自分で、みてあげる、気づいてあげる。
ありのままにみとめて、そして問いかけてあげることで、
その奥にあるものに、気づくことができるかもしれません。

本は子育ての中でのことが書かれていましたが、
大人が自分自身への接し方としても、参考にもなると思います。



読んでいて、子育ての本なんだけれど、
自分はこういう風に育てられたんだよなぁー、なんて
自分を振り返っていることに気づきました。
そして、どこかで 過去、親のせいにしていた自分にも。

でも、親も、人間なのだから完璧ってあり得ない。
親自身も、もしかしてそんな風に育てられてきたのかもしれない。
人は、自分が知っていることしか、できないから。

そう思うと、親へ対しての共感のような気持ちも生まれてきます。

それに、もし他の人から見たら完璧で、すばらしい子育て だったとしても

自分がどう感じたか
自分がどう受け止めたか
自分がどういう風に体験したか

だけが、こうだった、という出来事の記憶となっていて
(もし他の人だったら、違う風に体験、感じていたかもしれない)

その結果が 今の自分 をつくっている。
自分ってこうだ、とか
自分はこうなんだ、とか
自分が自分に対して思ってきたことを、現実化している。




セルフイメージは、周りからの意見や外側からのもので創られてしまうのではなく、
かりに、あるところまでは外側の意見で創られてきていたとしても、
(外側からの自分への意見を、そのままそうだ、と取り込んでしまっていたとしても)
自分は自分、と思えていたらそれは一切影響しません。
親であれ、外側からの意見は、その人のものの見方の一つ、価値観の一つに過ぎず、 
それが 私 ではないのです
100人いたら、100人の人それぞれの、その人から見た 私 があるでしょう。


もし、今の自分が外側からの意見によって創られていたのなら 
そしてもうそのセルフイメージを自分がいいと思えていないのなら
新しい、自分の望む姿になっている自分のセルフイメージを、
自分が自分に対して、創る、持つ。

そうすることで、本当の望む 自分自身 を生きることができると思います。





子育てハッピーアドバイスの表紙には
大好き!が伝わる ほめ方 叱り方」と書かれていましたが
大人になった自分が自分に、大好き、と言ってあげること、伝えてあげること
そう思えることもまた、自己肯定感、自分が自分でいいと思える、自信を持つ、
ということにも繋がることだと思います。
(最初からそのようにできない場合は、言霊効果もあるアファーメーションが役立つかもしれません。
 「私は私を愛しています」 「私はありのままで完全です」 等)


この本に書かれていることを、大人が自分自身にしてあげると、
自分で自分を育て直していく、
新しい自分を育んでいってあげることができるのではないかと思います。
大人になった自分が、自分に自信をあたえてあげるために。

 
自分は自分でいい、と自分のすべてをありのままにみとめることは
自分が自分にパワーを、自信を、与える ということ。

                                     







・関連過去ブログ
願望実現・現実化を妨げるもの:その2「セルフイメージ」
セルフイメージ-自分以外のものを、脱ぎ捨てる時
自分が自分の現実(世界)を創っている
「私」をうつし出してくれるもの
「自分」を形づくってきたもの



                      


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